2014年4月1日〜15日
4月1日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 おれは彼のグラスに酒を注いだ。

「きみにどうしろなんて言わないよ。どうしたいのか、聞きたいだけだ」

 といって、護民官の首を持て、と言われてもこまるのだが。

「ここを出る。それだけだ」

「ヤヌスの応援要員を追い出す、ではなく?」

「いいや、好きにすればいい。いっそ30人ぐらい応援にくればいいんじゃないか?」

 ひりひりする。おとなしい男が怒るとこわい。

「つまり、辞めたいんだな。辞めて何がしたい?」


4月2日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 そういうと、ウォルフは押し黙った。

 答えなんて、あるまい。隠居ぐらしや、再就職がしたいことではないだろう。
 ウォルフはついに重い口をひらいた。

「あいつらは情報をよこさない。くれくれ言うが、協力しない。鑑識設備を使わせない。外部組織へのアクセス権もよこさない。おれたちにどうしろっていうんだ?紅茶占いでもしたらいいのか?」

4月3日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれはジェリーにぶちまけた。

「おれたちはあんたらヤヌスと共同で仕事をする気はないんだ。あんたらは尊大で、怠け者で、肝心な時に足をひっぱる。後ろから撃つ!」

 完全に激昂して、口が止まらなかった。

「おまえらはキートンを何日も拘束した! 証拠のチェスの駒がなくなった件で! あの時、ラボのあいつは、ずいぶんふざけたまねしてくれたよな。分析機が壊れたのなんの。あげく、休暇をとった! ウォルフが外の会社に分析頼まなかったら、キートンは今頃犬になってたろうよ!」


4月4日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 ウォルフは言った。

「むこうはこっちの首の根を押さえておきたい。自分たちの下部組織だと言い聞かせたいんだ。

だが、これじゃ仕事ができない。効率が悪すぎて、客にもヴィラにもフラストレーションがたまる。

だから、自分たちでやれ、と仕事を分けたんだ。おれたちはカメラと録音機で出来ることだけやる。科学捜査が必要な件はヤヌスがやる。たがいに問題ないはずだと思うが?」


4月5日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれは興奮のあまり、ジェリーを置いて帰った。
 ジェリーがあまり言い返さなかったので、胸糞悪かった。

(ヤヌスとなれあえるかよ!)

 仲間のキートンは調査班に入りたての時、ひどい目に遭った。証拠品として預かったチェスの駒を盗んだ、と疑われたのだ。

 十字軍時代の骨董品で、主人は大騒ぎした。キートンにとっても、調査班にとっても痛烈な打撃だった。


4月6日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 ウォルフののどが少しすべらかになった。

「うちの新人のロッカーから、証拠品のチェスの駒が出てきた。オフィスのロッカーだ。誰だって放り込める。だが、ヤヌスは手癖の悪い新入りだと、やつを引っ張って行った」

 彼は酒を注ぎ足し、

「結論から言うと、これはある事件の加害者のしわざだ。われわれが彼の暴行を証明した。彼は友だちの犬を刺し、正当防衛だと主張したんだ。だが、正当防衛で背中を切りつけるとは、考えにくくてな」


4月7日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 事件は簡単だった。有罪になった金持ちのドラ息子が、護民官府に仕返ししようとしたのだ。

 彼は証拠品のチェスの駒をキートンのロッカーに隠した。

 だが、駒にはなぜかわずかにゴムがついていた。間抜けにも、ドラ息子は盗みとる時にガムをつけてしまっていた。

 唾液はDNAの宝庫だ。分析すればそれで終了のはずだった。


4月8日 イアン 〔アクトーレス失墜〕

 ウォルフは目を据えて言った。

「だが、ヤヌスの分析担当は理由をつけて、分析結果を出さなかった。おれはイギリスのラボで分析させた。結果、部下の潔白は証明できたが、今度は、『外部への勝手な証拠持ち出しは禁止する』ときた」

 ウォルフは言った。

「ヤヌスに悪意があるのはしかたない。あいつらには期待しない。おれもやつらには偏見があるしな。だが、ボスがやつらの機嫌をとって、部下を守らないなら、いっしょには戦えないんだ」


4月9日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ヤヌスはクズの集まりだ。もとの調査班は腐っていた。

 あいつらの骨にしみついた不潔な性質のせいだ。働かず、甘い汁を吸う。弱みを握り、あごで使う。気に入らないと、妨害だ。腐った秘密警察。

 あんな薄汚い連中とは絶対にいっしょにやれない。


4月10日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 朝、ジェリーはオフィスに来なかった。連絡もない。誰も気にしていなかった。

 ベルクソンのチームはそれどころではなかった。

「パトリキのドムスを家宅捜索できるのか」

 被害者宅の隣のコロナ家を捜索したいが、十分な証拠がない。壁を乗り越えた足跡がないという。

「だから棒高跳びですって」

 キートンはまだ言っている。仲間はうんざりしつつも

「200本の酒瓶はどうやって飛ぶんだ」

「ワイヤーですよ。ワイヤーにかごを吊るして、すいーって運ぶんです」」


4月11日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 キートンの話は流され、皆はまたパトリキの家に家宅捜索を申し入れる理由を探した。

 バジルとラブラブの主人コロナ氏はパトリキだった。

(あの松の木みたいな大男)

 前に立つだけでプレッシャーだ。証拠はないんですが、お宅を見せてください、とは言いにくい。

「なにかないの?」

「状況証拠、だけ」

 仲間の声は元気がない。要は、泥棒の出口はそこしかないということなのだ。

 被害者の家は三方を道に囲まれており、道には要所にカメラがある。カメラにはいずれも不審なものは映っていない。


4月12日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

「信号は何もないのか」

 おれが聞くと、ベルクソンが言った。

「土日月と家宅侵入した信号はない。犬が発信機をはずしていたり、泥棒が携帯電話をもたずに侵入していればわからないが」

 犬が発信機をつけていない、という可能性はある。最近では犬も埋め込まれた発信機について知る者もいるようだ。ひそかにはずして首輪に隠しているケースもあった。

 ベルクソンは嘆息した。

「しかたない。パトリキ様にかけあおう」

「待って」

 おれは言った。

「その時間、出歩いていた犬がいる」


4月13日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 ベルクソンはおれの話を聞いて、すぐにレネの信号を確認するよう連絡させた。

「もっと早く言うべきだったぞ」

「そうだな」

 おれはあやまった。ジェリーが来て、少し冷静じゃなかった。ヤヌスだってまともなことを言うこともあるのだ。

 と思った時、仲間が知らせた。

「CFに誰か行ったか? むこうの責任者が、デクリオンを出せって凄い怒ってるぞ」


4月14日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれはCFのロビーに駆けつけた。CFのマネージャーは、すぐに出てきた。

「すぐにあの男を引き取ってもらいたい。護民官府が今後ともCFの協力を得たいのなら!」

「ジェ、スペンサーはどこです」

「きたまえ」

 おれは暗いモニター室に連れていかれた。

 映画の作戦司令室のようなモニターだらけの部屋だ。監視員たちは正面の大きな画面を見てゲラゲラ笑っていた。

 そこには野球帽をかぶり、ホットドッグを売るジェリーが映っていた。


4月15日 ペドロ 〔護民官府スタッフ〕

 おれはあ然とモニターを見つめた。

 ジェリーはエプロンのヒモにたくさんの風船を結び付けていた。ホットドッグを買った犬に、そいつをひとつずつ渡している。犬たちはニヤニヤしていた。

 ――あのアホ。

 おれはマネージャーに聞いた。

「中に入れますか」

「騒ぎはこまる。犬に気づかれないようにしてくれ」

 おれはウエリテス兵の制服を着て、施設内に入った。

 ホットドッグ売りは、犬のいるテーブルに座り込んでいた。綿毛のようなプラチナブロンドの髪の犬、レネだ。


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